リベンジャー 復讐のドレス:胸糞なのに、なぜかスカッとする。——仕立て屋ティリーが放つ、村への決別

 

先週、熱量だけで箇条書きにした日から1週間(1週間前に簡単に投稿していた)。消えない余韻と、『村へ決別』の正体について、2回目を観て改めて気づいた部分をまとめてみた。ネタバレは完全にではないけれど何となく、しています。

(1週間前に書いた箇条書きの下に、新たに詳しく書いています)

ちなみに、深刻な書き方をしてるけどあくまでコメディ。

 

リベンジャー 復讐のドレス(字幕版)

 

タイトル:リベンジャー 復讐のドレス 原題:The Dressmaker
監督:  ジョスリン・ムーアハウス

主演:  ケイト・ウィンスレット

     ジュディ・デイヴィス

     リアム・ヘムズワース

公開年: 2015年10月29日

国:   オーストラリア

ジャンル:コメディ

 

1、25年振りに田舎に戻ってきたティリー(マートル)・ダネージ。ヨーロッパで服飾の技能を磨いて立派になって帰ってきた。幼少時、母子家庭なのに一人で村から追い出されていた。 原因は殺人らしい。

 

ティリーは幼い頃のトラブルが原因で、村外に追い出された。彼女が殺人を犯した、という理由らしいが、思い出せない。田舎に戻ってきたのは、母の世話と昔の疑惑の解明が目的だった。それだけの出来事があった。

 

 

2、村は貧乏で何もない。最後まで見ていくと分かるけど、クズの集まり。

 

多くの村民の「弱み」を握る男が、村の王として君臨していた。その一人の悪党を、村人全員が"忖度"で支える異常な日常。一組の母娘を蔑むことが、村の平和を保つ唯一のルールだった。そのため、有力者の機嫌を取り、母娘を叩く。それがこの村の「正しい」振る舞いだった。

 

3、母親は一見認知症になっていたようだが……

 

…どうだろう?そういう事でもなさそうだ。娘から風呂に入るように追いかけまわされると、途端に俊敏に逃げ回る。しょうがない…これはそういう映画。娘のことを忘れていたわけではない。いないものとして生きていたらしい。のちに娘の復讐を完結させるべく、策を練る。

 

 

4、村社会にありがちな強きに従わなければいけない空気が蔓延しているが、優しい人物もいる。

 

そんな村の空気の中、母娘の味方をしてくれる人物もいた。弱みを握られて幼少期のティリーを村の外へ連れ出したファレット巡査部長もその一人。帰ってきた彼女に服の趣味を差別なく受け止められ、最後もう一度助けることになる。「もう一度」というのは…。

そして、あの日の出来事を見ていた人物がいた!

 

5、ティリーはこんな村に縛られる必要もなく、立派に自立している

 

手に職!これが一番強い(笑)

パリで裁縫の技術とセンスを学んできた彼女は、有名ブランドによく似せた服を作ることができる。もちろんオリジナルも。これが村の女性たちに大うけで、ずっと虐めていたくせに、手のひらを返してドレスが欲しいと殺到し始める。そのおかげで、草原の中の一つの村は美しすぎて滑稽な女性達で溢れかえる。

 

 

6、ティリーの家は”丘の上”である。

 

村の美青年テディという恋人ができた事で少しずつ状況は変わり始める。この村で受け入れられ、生きていけるかもしれないと思うようになった。

けれど村のシステムは残酷だった。ティリーは自分の出生を知り、子供時代の事件の詳細を思い出したのだった。

 

そんな立ち位置にして、この「丘の上に家がある」という設定が妙に小気味いい。皆、下から見上げるように彼女の家を睨むのだった。

丘の上の家が、心も技術も優位性を語っているようで面白い。

復讐劇をコメディーで気持ちのいい映画にする設定として一役買ってる。

 

最後、母モリーが仕掛けたのは、娘を逃がすための「最高の舞台装置」だった。村中がドレスという虚飾に夢中になり、演劇祭にうつつを抜かしている間に、ティリーは丘の上から彼らの過去のすべてを灰にする。

全てを見限り、吐き捨てるように村を去った彼女が、遠目に立ち上る煙をみてつぶやく一言。

「まさにゴミね」

 

 

個人的な感想を言うと…

 

子供たちがやっていた闘牛士ごっこは危険極まりない遊びだった。壁に立たせておいて頭から突撃なんて馬鹿なことをした。
いじめの仕方は、物語の持って行きかたから言うと、おそらく性暴力だと私は思っていたけれど、闘牛士ごっこということで、個人的に救われた。

 

他に、1回目に観た時は、心の美しい人物は顔も美しいように見えた。特に、村の淀んだ空気とは無縁の、眩しいほどの美男子テディと主人公のティリーは美形すぎて他からは浮いてた。母モリーも凛としてるし、ファレット巡査部長も知的な雰囲気を醸し出していた。

 

だけど2回目に観るとそうでもない。やっぱり全員が俳優さんであり、顔立ちは整っている。そのくせ、これは演技や演出のすばらしさで、どうしても醜く見える村人たち。

 

 

まだあって、最初観た時は、村では当たり前の平和になっている”異常な状況”と同じく、私自身もお茶なんか入れながら、平和に淡々と観ていた。
結末を知って改めて見返すと、冒頭のセリフ一つ一つが、すべて復讐というゴールへ向かう仕組みで、伏線だった。

…いや、そんな「伏線」なんて仕込み的な事じゃなくて、””そういえば、この人こんなこと言ってたよね””と再確認するシーンが多い。

 

なので、時間があって興味があれば、2回観ることをお勧め。

そういう意味では、「スネーク・アイズ」のようなトリックや仕込みじゃないけど、軽く答え合わせ感を味わえるかも。

 

 

2026.3.10

 

私の悪い癖で、余計な深読みをもう一つ……

 

邦題の『リベンジャー 復讐のドレス』。邦題としては確かにキャッチーで、映画を観るきっかけとしては大正解だと思う。でも、最後まで観てみると、少しだけ印象が変わった。原題は「The Dressmaker」主に婦人服を仕立てる人、「洋服裁縫師」

 

 

復讐も目的だったけれど、彼女は決して、それに炎を燃やす攻撃的な女性じゃない。母を想い、身に付けた技術で誠実に生きようとし、過去の記憶を探しながらも、「もしかしたらこの村で、誰かと生きていけるかも」と健気な期待さえ抱いていた、素直な頑張り屋だ。

 

そんな彼女が、最後に見せた復讐。

列車から遠ざかる煙を見てつぶやいた「まさにゴミね」という言葉。

 

それは怒りや毒というより、母との思い出も、自分が抱いたわずかな期待もすべて踏みにじられた果ての、「悲しい見切り」に聞こえた。
期待したけれど、ダメだった。ここにはもう、守るべき母も愛する人もいない。ただのゴミしか残っていない。

 

そう思うと、この映画は派手な復讐劇というより、一人の女性が絶望の末にようやく手に入れた「孤独で清々しい再出発」かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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