クロワッサンと父とブラック・ジャック  食べられなかった一つのパンから

 

クロワッサンには特別な思い出がある。


私の父は癌だった。亡くなる少し前、「クロワッサンが食べたい」と母に言ったそう。


体調が悪いときは消化機能も衰えているので、油分の多いクロワッサンは本来おすすめの食材ではない。ただ、口当たりの軽さや、メイラード反応による甘くて香ばしい匂いには、食欲増進の効果もあるらしい。

 

母によると、その頃には父の臓器はほとんど衰えていたけれど、そう言われてスーパーでクロワッサンを買ってきた。結局、父は一口も食べられなかった。母は残されたパンを見ながら、そのことを思い出して涙をこぼしていた。
それ以来、クロワッサンは私にとって特別なパンになった。

 

その話を聞いて思い出したのが、ブラック・ジャックOVAだった。1993年のアニメで、その中の「カルテ4:拒食、ふたりの黒い医者」というエピソード。

クロワッサンを見るたびに、父と重なって作品を思い出す。

 

ミシェルという女優は、映画撮影のクライマックスを迎えていた。役作りのために体重を絞っていたが、次第に拒食症を発症し、食べてもすぐに吐いてしまうようになった。やがて立つことも座ることも、頭をまっすぐ維持することさえ苦しくなってしまう。
それでも過酷な検査をこなし、「何とか食べられそうなものを」とオーダーする。

 

「焼き立てのパンに…マーマレード…。それにスクランブルエッグを添えて…。やってみるわ。ブラック・ジャック先生やおじさんに迷惑ばかりかけていられないもの」

すがるように口に運んでも、全く受け付けず、すぐに全部戻してしまう。


その「焼き立てのパン」が、クロワッサンだった。アニメでも本当に美味しそうに描かれていた。

(この軽くて薄い層のパンなら、もしかしたら食べられるかもしれない)

でもミシェルには結局、喉を通らなかった。


この「カルテ4」では、弱り切った患者が食事をすることがどれほど大変かが伝わってくる。一口ごとに激しく拒否反応を示す様子を、姿勢や体の描写と声優さんの演技、効果音やBGMで表現していて、怖いほど深刻さが伝わる。

弱ってるのに、倒れてのたうち回れるのは、若さと、女優として成功したい執念からかな?


話は逸れるけれど、ブラック・ジャックOVAは全話がとても丁寧に描かれていて、その全てが一点物の美術品みたいに名作だと思ってる。DVDも買ってしまったほどで、何度見ても一話一話、考えさせられた。

 

ブラック・ジャックは一人でいつも検査をし、解剖してくまなく観察し、原因究明の為に考察する。その専門性や独白には、実写の医療ドラマとはまったく違う緊迫感がある。

そして定期的にまた観たくなる。

 

 

 

あしたのジョー2」を手がけた出崎統杉野昭夫のコンビがこのOVAを作っているのも大好きな理由のひとつ。(これもつい言いたかった)


今は、dアニメストア、アマゾン内のdアニメストアで視聴可能。

 

 

 

 

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