※この記事は数年前にアメブロで書いた記録を移設したものです。当時の内容をそのまま残しています
2021-09-02
いつものようにお弁当。お見苦しくすみません。
これは、朝、ごはんが足りなくなってしまって、私だけおかずのサラダだけで箱を満たしてしまった。
コンビニで菓子パンを買おう。

下の写真は私だけ晩御飯の鮭をお弁当に転用したときのもの。。
なので、晩御飯に私は鮭無し。

それで、この写真は今日の分で………
昨日の鮭が子供二人にはあり、私は無かったのでソーセージで。。
そのほかは、今晩のおかずを入れた。

朝起きて一時間半以内に、自分の朝食、行く用意とともに、、晩御飯の用意とお弁当三人分。
実質、調理にかける時間は1時間も無い……
睡眠時間は5時間弱。
労働時間は毎日14時間以上。
許して…というより、毎日作り続けるだけが目標。。
ただこれ、仕事は私自身が納得済みの事…。
これが無いと、私の生きる意味はかなり無くなってしまう。
”子供が生きがいではない”、ということではなくて…
私自身が私を大事にすることにようやく気が付いた結果。
自分を大事にしてこそ、家族にも優しくなれると思っている。
だから、自分の仕事も大事にする。
この仕事が見つからなかった頃、子供にも過干渉で自分も楽しくなく、毎日毎日、お小遣いも無いまま、髪も切れず、穴の開いた下着を何年も着たり、そんな生活をしてた。
引っ越した先で友人もおらず、家族の世話だけをしながら一生終えていくことが漠然と分かった時、「人生詰んだ」と思った。
自分の人生は何だったのか、何のためにこれから生きるのか、まったくわからなくなった。
一生このまま終わってしまうのか…
こんな自分が、健全な子育てをし、家庭を営んでいけるわけがない。
息子が不登校になったことは義理の両親にも言ってはいない。もしかしたら旦那を通じて知っているかもしれない。でも、たまに電話で話しても、不登校のことを言ってくる様子はない。
義父母に言わない理由は、”仕事に明け暮れているから子供がこうなる”と言われたくないから。
ステレオタイプの義母、義姉。言うことは大体予想がつく。
旦那自体、私がこんなにも長時間の仕事をすることには大反対で、夫婦でいろいろあり、ここ数年、義理の両親にも私からは連絡していない。一時期はもうする必要さえないだろうと思った。今もそうだ。
息子が不登校になった原因は、仕事をしていなかった頃の私にある気がしている。
更にその原因は旦那にもあると思っている。
今は、時間がない代わりに、限られた中で息子たちには愛情をもって接しているつもり。
不登校の息子は、ずっと前、こんな悲しいことを言った。
「僕が子供?子供なんかいらないよ。結婚もしたくない。だって、お母さん、すっごい辛そうだもん」
悲しかった。私はこんなにも不幸に見えているらしい。
だから今は、心ゆくまで大好きな仕事をし、ほんの少しだけセーブし、家にいるときは平日も休日も、可能な限り、子供たちと楽しく過ごす。
こんな、普通は幼児期にするようなことを、私は今、大事にしてる。
家にいたっきりだった頃は、とても辛くて怒ってばかりの母親だったから。
それから、こんな私に全然理解の無かったメシ・フロ・ネルの旦那のことはまたの機会に書こうかな。
2026.2.22 追記:
息子の発言は当時とても衝撃的で悲しかった。
けれど今思うと、私自身が子供の頃、母親に対して、
「母親業なんて私には到底無理だ。大変すぎる」
と思っていた。