食べられないのに、嬉しい実 ― どんぐりの豊作

 

 

歩道を歩いていると、足もとにどんぐりがたくさん落ちている。

もうだいぶ前からだけど。


残暑が厳しくて、まだ夏の気配が残る日にだって、青いどんぐりを見ると月が替わったのに気が付く。どんぐりって、食べられないのに、なぜか嬉しい。


あちこちの街路樹や会社の駐車場にも、たくさん転がっていて、これ全部どんぐりの木だったのか、と毎年驚く。

 

それを見ると、「豊作」「実り」という言葉が浮かぶ。
この言葉の響きが、私は好きで、なんだか心が満たされる。食べられないどんぐりでさえ、こんなにたくさん実るのかと思うと、それだけで豊かな気持ちになる。


昔、実家ではお風呂を薪で焚いていて、秋になると、製材所や山の持ち主から木の切れ端を買ってきては、斧で割って納屋の奥に積み重ねていた。

薪がたくさん積まれると、「これでこの冬も大丈夫」という安心があった。そうやって、心も冬を迎える準備をしていたんだと思う。

 

どんぐりの豊作を見て感じる嬉しさも、あの薪の山を見たときのほっとする気持ちに、少し似ている。食べられないのに、たくさんあると嬉しい実。

昔から、これを見ると私の中で冬支度と年末が始まる。

 

 

 

あんまり綺麗じゃないけど…会社近くの街路樹のどんぐり

 

 

追記:

同じ田舎でも旦那の田舎は私とは違う。私の田舎は本当の生粋の田舎。前に父の法事を家族でしたときに、田んぼの近くの道に椎の実がたくさん落ちてた。懐かしくて、

「これ、椎の実だ!」

と、母とそれを拾って剥いてその場で早速食べ始めたら、旦那がその状況にドン引きしてた。

「冗談でしょ!?(笑)」

いや……椎は昔、茹でても炒ってもいいけど、生でも食べてた。

旦那は”むかごの実”とかも知らないんだろうな…

 

 

 

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