「ビーキーパー」:社会の腐敗を清算する「天誅アクション」の爽快感

映画タイトル: 『ビーキーパー』(原題:The Beekeeper) 
監督: デヴィッド・エアー 
主演(キャスト): ジェイソン・ステイサム、エミー・レイヴァー=ランプマン ほか 
公開年 :2024年1月12日
ジャンル: アクション、サスペンス

 


Amazonに出てまだ新しい映画を観てみた。

ちょっとだけ内容紹介。
…ちょっとだけじゃないかもしれない。
ごめんなさい✨。面白すぎて。

 

 

あらすじ


政府の秘密組織を引退したアダム・クレイは慈善事業の理事であるエロイーズ・パーカーの支援で納屋と土地を借り、文字通り養蜂家として静かに生きていた。


ところが、エロイーズは慣れないパソコン作業の中であっけなくフィッシング詐欺に引っかかり、一瞬のうちに全財産を失ってしまう。


スズメバチを退治してくれたお礼に、食事に誘われていたアダムは家を訪れたが、すでに彼女は自殺していた。

 

そこへめったに帰宅しない娘、FBIの職員ヴェローナ・パーカーが帰宅する。アダムは犯人だと疑われるが、指紋などの証拠からすぐに疑いは晴れる。

 

 

そこからが見どころ。


恩人を死に追いやった組織を、昔のコネを使ってあっという間に突き止め、順々に、着々と制裁を加えていく。

その手段は全くのアダムのペースで、止まることなく粛々と復讐は続く。

 

まずは直接のコールセンター「ユナイテッド・データ・グループ(UDG)」のリーダー、ミッキー・ガーネットを惨殺。手段はプロだし、目的を見据えた、ためらいの無い仕事運びに、観ているこっちは爽快感しかない。


次にその親会社であるコールセンター「ナインスター・ユナイテッド」とそのボス、リコ・アンサローネを襲撃。
そこでアダムは組織の大元「ダンフォース・エンタープライズ」の正体を知る。

 

スピード感抜群、サクサク進んで気持ちよく終わる復讐劇。

 

 

 


というところで、この映画は最近の私にとっては特に面白かったので、ちょっと深く考えてみたので、その色々を書いてみた。


まず、ビーキーパー、とは、アダム・クレイが所属していたCIAの秘密部隊で、「社会の腐敗した部分、法で裁けない悪を根絶する、法の枠外のシステム」らしい。これが暗躍するということはそれだけ社会が腐敗している証拠。
政府が表立って手を汚せない部分を、裏側で掃除するために作られた存在らしい。


出てくるキャラクターは、善悪すべてでそれぞれ突き抜けていた。アダム・クレイは恩人を殺されての復讐だけれど、むしろ物語は世の悪人に対して天誅を下すと言った方があっている気がする。


そのやり方は無慈悲で冷徹、徹底していてブルドーザーのようでもある。
例えば、あらすじにも書いた、ミッキー・ガーネットを縛り付けて車につなぎ、そのまま走らせて、跳ね橋から川へ落下させるという手の下し方。


あそこで使われたベルトは私の仕事でもある物流関係の人間ならなじみのある道具で、トラックの荷台等で荷崩れしないように荷締めをする、シートベルトを非常に頑丈にしたようなラッシングベルト。あれで荷物ではなく人間を巻き、ラチェットバックルでガチガチと締めるとは、しょっぱなの殺人でそれを使ってそこまでやる?とわらってしまった。

 

性格やキャラクターの持つ雰囲気も独特で、
「養蜂家に言っても無駄だ。働きバチと同じだよ。死ぬまで働き続ける」という敵のセリフにもあるように、彼らにとってアダム・クレイはコントロール不能な脅威で、組織のシステムの一部として盲目的に機能する存在。
一度動き出したら任務を完遂(復讐)するまで感情や報酬に関係なく動き続ける、アダムの非人間的なまでの使命感とシステムの徹底ぶりをさしている。


その妄信的なマシンぶりは、犬でいうとアメリカンピットブルテリアのような感じかな。日本の秋田犬などとはまた違う「猪突猛進」ぶり。
飼いならすのは難しいし、止められないシステムとして分かりやすい例えじゃないかな。
「止まることなく粛々と復讐が続くペース」は、何かと遅い現実の司法や政治への不満を解消して最高のカタルシスを与えている気がする。


一方、詐欺集団の描写は、センターの内装からも分かるように、日本語を知っているのか、漢字をふざけたネオンサインにしてコールセンター内に飾り、オペレーターの気分を高揚、洗脳して競うように詐欺電話をあおっていた。

 

これも成金を誇張した突き抜けたキャラクターで、お金を表すなら「金」と書けばいいけど、それだとゴールドの意味もあるからか、書かれていた文字は「銭」、そして「カネだカネだ~!」って!

これはまさに銭ゲバ、成金趣味の誇張に見える。

 

この善も善ならと悪も悪という、双方の突き抜け感。それと、アダムの容赦ない暴力(実は悪)が、大義の善のために使われるという二面性。これも面白い。

 


アダムが恩人の娘であるヴェローナに対して終始礼儀正しいのも、ヴェローナが自分の母親の仇を取るアダムに対して認めつつも、あくまで法律に則って対峙するのも気持ちよかった。

 

そしてそれを多分、アダムも分かっている。
ヴェローナに対して、目が合うとふとほんの少し、目礼に近い感じで微妙に目線を下げる。それがなんか、ピットブルのくせに礼儀は成ってるんだな、と感心したというか。やってることは天誅を下してるんだけど。

 

ということは、彼は殺戮の機械であるだけでなく、恩義と忠誠心を持つ人間なのかも。
「ピットブル」が示す礼儀。なんか面白い。暴力行為が私利私欲のためではないことが分かる。


ヴェローナ・パーカーに関しては、こんなセリフがある。
「アダム・クレイはミツバチを飼っています。大義のために犠牲を払う蜂を称賛している」
自分から進んでアダム・クレイの事件に関わっており、詐欺集団の解明にも貢献しているが、アダムに対してはあくまで業務上のルールで追及しつつも一方で自分の母親の仇を取ってくれる人物。

このセリフもヴェローナ自身、暗にアダムの逮捕を難しい、半ばあきらめ、半分称賛しているようにも見える。
最後のシーンにもそれが表れている。

 

 

他には~…詐欺に関しては、普段ネットを使ってる私たちからするとわかってしまう体裁だけど、老人を相手にした詐欺ということだからまあそうだよね、と。


アクションに関しては、ジェイソン・ステイサムが大柄なのもあるけど、ひらひらと蝶のように舞う演技と違って、体重や重心を利用したガツンとくる効いてるアクションで、そこも面白かった。


これについては別の映画「ジョン・ウィック」と比較してしまう。が、復讐する、という構図はよく似ているけれど形はいろいろと違う。

ジョン・ウィックの動機が亡き妻が残した子犬という個人的な愛と悲嘆が背景なのに対して、アダム・クレイの動機は、恩人の死をきっかけにした「社会の腐敗を清算する、より抽象的な正義、天誅を下す」ような気がする。

 

アクションも違っていて、ジョン・ウィックが洗練されたガンアクションと体技(カンフーと合わせて「ガン・フー」というらしい)の流麗な動きに対して、アダムの体術は自らの体重と重心を利用した荒々しく野生的なパワーが見え、実戦の重さがある。

これも「ビーキーパー」の魅力だと思う。

 

どちらも突き抜けた善と悪が、観客にカタルシスを与えてくれるという点では共通してる。

それで、この『ビーキーパー』は、現実の社会の腐敗に憤りを感じている人や、スッキリとスカッとするアクションを見たい人には、特におすすめ。本当に面白かった。

 

 

 

 

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