『スパイラル:ソウ オールリセット』感想 ー「殺人のための物語」と「物語のための殺人」 次男に冷静に分析される

映画の話だけど今回は子供がらみで。

 

最初に、

昨日、3月3日のひな祭りの日にソウX のレビューなんて、実は書いた後自分で引いた。

 

だって、サムネイルにあの恐ろし気なタイトル画像を入れたから。フォローフィードのケーキやお食事の煌びやかなブロガーさんの写真の中に、自分の異色の画像がすごく浮いてた。

 

 

そんな書いてる本人が引いた記事にもかかわらず、いくらか訪れてくれて、更に「いいね」まで押して下さる方がいらっしゃることに驚き…

 

本当に、ありがとうございます!

 

 

 

それで、本文だけど。

 

この映画を観ていたら、次男がやって来て、こんなことを言った。
 
「どうしてソウシリーズみたいな“殺人をするための物語”が面白いのか分からない。
“物語のための殺人”なら分かるけど、これは“いかに人を殺すか”が主題でしょ?」
 
 
 
確かに…と思わずうなずいてしまった。彼はソウは嫌い。
「上手いこと言うわ、あんた。ソウは確かに“殺人のための物語”だよね」
 
そこから話題は、彼が最近買ったゲーム『モンスターハンターワイルズ』のことへ。
 
「アクションのためのストーリーならいいんだよ。
モンハンはストーリーのためのアクションは面白くない。
長々とした人間関係の会話とか要らないんだよね」
 
 
 
――どうやら、今回のモンハンはちょっと不満だったらしい。
まあ、それはそれで彼の好みなんだろう。
 
でもそのとき、ふと気がついた。
ここ最近感じていた、ある“違和感”の正体に。
 
私が書いている「子供の頃に遭遇した」シリーズの記事。
あれは確かに怖い話だけど、“物語のための殺人”だったなと。
だからこそ、テレビで放映されてもギリギリ許容できたのかもしれない。
 
 
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「ソウ オールリセット」に感じた違和感の正体
 
今回の『スパイラル:ソウ オールリセット』は、過去のソウシリーズとは少し違う印象だった。
模倣犯による事件、ジグソウ的なトラップ、復讐、そして親子の葛藤……
「物語のための殺人」に近づこうとしているようにも見えた。
 
うーん、なんか違う。
 
犯人はジグソウほど狂気を感じないし、「その程度の理由であそこまで複雑な仕掛けを…?」と思ってしまった。
トラップはあくまで「目的」じゃなくて「演出」みたいに感じられて、そこが印象に残らなかった原因かもしれない。
 
 
 
昭和時代の程度のアレなら今でもテレビで流してもいいのではと思う派で、
ジョーズ13日の金曜日くらいならいいのでは、と思うけど。
 
ソウシリーズのような、“殺人のための物語”は、やっぱりテレビ放映には向かないと思う。(そもそも18禁なんだけどね)
 
昔のトラウマ映画やテレビ番組には、ちゃんと救いがあった。
犯人が捕まったり、物語として収束するからこそ、観たあとに「怖かったけど良かった」と思えた。
でも、最近の作品は違う。
 
”絶望で終わること”が目的になっている作品が増えてきた。
例えばゲームなら、PS2時代の『SIREN』なんかもそう。“どうあがいても絶望”。
昭和の作品には、なんだかんだ「救いのラスト」があった気がする。
 
 
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結局、ちゃんと観れなかったけど、それも感想
 
そんなことを考えていたら、映画に集中できず、ほとんど印象に残らなかった。
でも、こうして感じた違和感や、次男との会話が、むしろこの作品の“感想”になってしまった気もする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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